乳幼児公演シンポ・リポート

 

このリポートはCAN青芸 千島が児演協理事会に向け、児演協内にて乳幼児公演についての専門部署を設置するよう要望書として提出したものです。趣旨としては乳幼児の芸術体験についての基本的見地、現況の認識等を促し、乳幼児公演に関わる全ての人たちと、今後児演協ニュースやHPなどを活用して、さまざまな学習や情報交換など展開して行こうというものです。そして、それにさきがけて「ぐるぐる」の公演を含め、当欄にて乳幼児公演について共に考え、また今後の展開に反映していけるよう資料として掲載するものです。ご意見を頂ければ幸いです。

 

乳幼児公演とは 

 

「はじめてのおしばい」シンポから考える

「出会いのフォーラム・2008」において、子ども劇場首都圏・子どもと舞台芸術プロジェクトによる「はじめてのおしばい」の3公演とシンポジュームが7月20日、出演団体と関わって来た当該の9劇場、プロジェクトメンバー含め40名程の参加にて行われました。

これは同プロジェクトが「出会いのフォーラム」の中で‘00年からの準備・話し合いを始め、8年間に劇団・音楽団体等12グループ14作品を共同で制作・上演してきた中で、「0才からの文化権の保障」を命題として、乳幼児公演がもたらすもの―――舞台芸術が乳幼児期の成長発達に寄与する創造的成果、現場でのこどもとの対応や事前事後の必要性など環境づくりの認識、取り組みが親を含め人間関係や地域社会に反映していける組織的成果・・・というようなことがどんなふうに具体化、実現化されてきたのか。目的の達成度、課題の整理のための中間総括的な“まとめ”として話し合われました。

司会を大原氏(横浜)大沢氏(東村山)によって進められ、「批評対話」形式という初めての試みも注目された中で、劇場側にはこれまでの取り組みで今‘実感’している事、‘大切’にしている事を。創造団体には‘届けたいことは’‘乳幼児の前に立つということは’など、デンマーク方式討論も参考にしつつ話し合うというもの。

短い時間(2時間)の中で進めるためにいくつかのキーワードが提出されました。

劇場に向けて・・・「空気感」「継続」「発見と信頼」「つながりと本音」「参加者とスタッフ」「楽しむ充実と社会参加」「4歳児と舞台鑑賞」

創造団体に向けて・・・「対象を知る乳幼児とはどんな人かを知る」で始まり

       基本的見地・・・「上演する場が安心、安全であり、作品として相応しいか」「乳幼児の前に立つ人として選ばれた相応しい人か」等。

       テーマ・・・こどもたちの「信頼感の獲得・コミュニケーション・表現したくなる心の場となるか」「目線を受け止める」「他人(保護者・近親者でない)と出会う初めての場」

       作品づくり・・・「内容はわかりやすいか」「視力・聴力・脳の発達が考慮されているか」「距離・時間・キャパシティー」を考えながら、「専門家としてやるべきことは」等々。

 

劇場側の声 

「継続して観るということのこどもの反応、発見の違い。それを見る親の発見や驚きなど自分にも変化を感じる」という意見は横浜の会員の人。横浜の例会の中には、毎年同じ作品を継続して観て行くというものもあるという。回を重ねるごとに激変する乳幼児期の反応の違いや、それを受け入れながら展開する俳優の妙味、作品の変化や推移など一過性の例会では味わえない発見が多々あるという。さらに毎回会うスタッフや観客のお母さん、信頼ある俳優を含めてその場にいることの安心感や一体感がそのまま作品に反映されて行くことも醍醐味であるという。

 また「はじめてのおしばい」を経たこどもが4才からの例会に出会うと、「楽しむぞ~」という大人を巻き込むほど熱狂的な表現で、舞台に入り込む’力’があるということや、乳幼児をかかえるお母さんたちの、パフォーマンスやコミュニティーの要求は沢山あるけれど、それを受け入れる行政側の場や組織が足りていないことに、劇場として広げていく責務を感じるといった意見などが出る。

 

創造団体の声

 「試行錯誤の中で、同じものを観せて行くことでこどもの観かたが分かってきた。はじめてって何だ?葉っぱのすれ違う音、小鳥の鳴く声・・・自分の一番大事にしている’音楽’に0~3才に出会ったことであらためて気付いた」という音楽団体。「こどもが何を感じているか、役者はそれをどうつかむか、その感覚が大事。こどもがどう観たのかということとは別に大人がどう観たか、どう感じたかで評価が決まってしまう怖さがある。私にはこどもに伝わっている信頼感、安心感がある」という俳優の意見も。

 

乳幼児の視線

参考① アイコンタクト

 乳幼児とは見たいと同時に見られたい存在である。だからその公演における俳優の役割とは、作品の分析理解や深遠な演技力以上に、彼ら乳幼児の思いを受け止め、物語に取り入れながら返していくアイコンタクト、同意が必要とされる。小さなこどもの信頼感を獲得するためには、そこに立つ俳優の経験や人柄、存在感が大きな役割を果たし、またそのための上演時間やキャパシティーを考えることが重要である。(スウェーデン国立劇団発行ガイドラインより)

 

「こどもにとっておとなはガリバーなのです。だから小さなこどもの公演はこどもの目線を大事にして、決して押し付けない、くり返しの表現が大事なのです」と語るのは、有識者代表として参加した所沢あかね保育園の牧裕子園長。「真似る、くり返す、演じたがる2才の子は、楽しい事を見てくれている人がいる、受け止めて‘上手だよ’といってくれる人がいる。この安心の中でお芝居に出会う事が大事です。TVなどの過剰な刺激の中で、こどもたちはストレスをかかえ自分を守ろうと攻撃的になってしまう事があります。親子の信頼の積み重ねの中で良いお芝居に出会う事は、困難に出会った時自分を律していく力をつくるのです。」

 

こころが育つ

参考② 基本的信頼感の獲得

  乳幼児期の最終的な目的は「人間は信頼出来る、世界は平和である」という‘基本的信頼’を‘体験’を通して獲得することです。赤ちゃんがお腹の中に居た時は、お母さんと赤ちゃんは臍帯でつながれていましたが、生まれてきてからは心のきずなで結ばれます。また、それなくしてはこどもは人生のはじまりを生きていくことが難しくなります。お母さんとこどものきずなをつくる体験を通して、それをこどもたちの心の中にしみ込ませていくことです。その体験の機会とはどんなことでしょう。赤ちゃんのための絵本があるように、生の舞台、エンターテイメントの世界にもそれはあります。

  脳や心の成長と発達をふまえて創られた生の舞台は、そこに人間が居て、ストーリーはあくまでわかりやすく、日常の面白さをゆっくりと見せ、幼児にも届く表現が彼らの気持ちをほぐしてくれます。一方的に話し続けるTVとは異なり、こどもたちは楽しみながら舞台に反応し、自分を表現し、それを俳優にしっかり受け止めてもらえることで自信が持て、受け止めてくれた人、人間への「信頼」が生まれます。

  乳児から幼児へ、人生の夜明けの時代にぼんやりとまわりの世界や人間関係を感じ始めるその時期に、お母さんのおひざの上で守られながら、親ではない人、いつも自分を守ってくれる人ではない人との出会いがはじまります。そしてその大切な瞬間を‘楽しさ’の中で迎える事が出来るのです。  

  乳幼児期は大きくなっていくら思い出そうとしても記憶にはないような時期です。対人関係において嫌な出来事が充満している社会に生きてなお、私たちが基本的には人は信用できるのだと思えるのは、いくら考えても思い出せない時期の親子関係によって信頼感が培われたからではないでしょうか。』(横浜こどものひろば0123案内より抜粋)

 

参考③「心」とは

「ひとの脳の神経回路は2歳くらいに出来上がる。心とは、その脳と身体発達と環境(体験)含めていうシステムのことで、人格形成において言語体験と行動体験が大事な要素と考えられます。」と語るのは児童精神科医の丸山信之先生だ。さらに「最近、ミラーシナプスという回路、つまりものまね回路というものが発見されました。これは乳児期において、対象となる行動や音楽などが言語回路として前頭葉に収納され、記憶と感性として人格形成に蓄積されるということがわかってきました。」乳幼児期における行動体験は人格形成における大きな役割を果たすことが証明されつつあります。

 

*資料

劇場パンフ・0123対象作品数の推移

 

2000

2001

2002

2003

2004

2005

2006

2007

2008

パンフ

発行元

全国センター

          編集委員会

年齢表記

幼児作品として一括

年齢別表記開始

0才

1才

2才

12

14

0~2才

12

17

20

23

3才

53

46

39

合計

12

70

66

62

 

表はこの9年間の劇場パンフ乳幼児対象作品の提出数の推移です。

05年に同プロジェクトが首都圏の劇場を対象に、乳幼児公演の要望度をはかるアンケート調査をしたところ、回答の80%近くが「はじめてのおしばい」の上演を望むという声が返ってきました。この結果を裏付けるかのように、06年まさに創造団体の提出数が激増し、加えて09年0才児を含めた対象作品に○を打った作品が32あるという。

この動向をどうとらえるか。大原氏(横浜)は「創造において誰が何を創ろうと自由なことは議論に及びません」と前置きして「需要がある、市場であるとして安易な作品づくりに流れてしまうことはないでしょうか。丁寧な作品づくりを心がけないと、幼いこどもたちの心を傷つけてしまうこともあるという怖さを、よくよく身に備えて創造に向かうことが求められます。」と語る。

増大化、多様化が予想されるこれからの‘乳幼児公演’。反面、4才まで演劇は必要ではない。母親や保育園で充分。良いも悪いも玉石混交でいい、という意見も劇場、劇団内外からあるのも事実です。その是非論は今後いろいろな体験や学習を経て論議されるべきですが、そんな業界の実情をよそに、今日もどこかでちいさなこどもの待っている現場があります。そこではこども達に向け、楽しく質の高い作品が要求されます。創造団体と主催者側に、一層デリケートな対応や作品づくりの追求が望まれます。。

そしてこのシンポから見えてきた課題として、創造団体と劇場へ向け2つのアプローチを上げる。1つは創造側へ・・・作品の質を保つ事。2つは劇場側へ・・・取り組みが本質的であることという。

両者が沢山の情報や認識を共有していき、「こども観」や「専門家としての仕事」や「個性」など、今後さまざまな話の出来る場が作られていくことが、真に本質的有機的な価値ある関係と仕事をしていくことではないでしょうか。 

 

20年以上の歴史を持つ北欧の乳幼児公演や、ここ数年話題にあがるイタリアはボローニャのフェスやフランスの人形劇フェスなど、乳幼児のためのフェスがあるという児童文化の先進諸国の動きは、経験や歴史の浅い我が国にも、その質の高さや話題性が聞こえて来ます。そこには国の福祉行政の一環として演劇の研究機関があり、創造団体が一丸となってガイドライン(演劇的指針)づくりやクオリティーペーパー(創造評価基準)づくりがなされていることの成果であることが読み取れます。今、「乳幼児公演」というフィールドに一歩足を踏み入れ、やっと足踏みをし出したわが児童・青少年演劇界。先頭を走る北欧・ヨーロッパ勢の背中がおぼろげに見えてきたとでも言うところでしょうか。ここでまさに乳幼児のように、真似っこや、くり返しをしながらでも学びながら、先頭勢に追いつかなくてはならないのではと思います。ちなみに来年の沖縄キジフェスでは、乳幼児公演をテーマに大きく取り上げるという事、また前アシテジ会長(豪)トニーマック氏が乳幼児公演についての世界事情を取りまとめる本を執筆中だとか。今後児演協内にて、こうした国内外の公演やフェス、ワークショップ情報、また乳幼児の芸術体験についての心理学や脳科学的な考察など、乳幼児公演に関するさまざまな情報の収集や発信をフィードバックして行く情報基地として乳幼児部門を設置し、またHPなどの活用を通して観客組織、創造団体のみならず、乳幼児を取り巻くサポーターや親達と一緒に、より質の高い特色ある作品を創造、共有して行く一助になればと考えるものです。

                    2008年8月   CAN青芸  千島 清