CAN青芸
青ヶ島公演

「未確認ともだち物体」

平成16年度東京都巡回児童演劇青ヶ島公演

 青ヶ島は、都心から360km余り、八丈島からも68km余の洋上に
浮かぶ伊豆諸島最南端の島です。皆さんが青ヶ島を訪れるには、八丈島か
らヘリコミューターか連絡船を利用しなければなりませんが、青ヶ島と八
丈島を結ぶ連絡船の名を「還住丸」と言います。ちょっと変わった名前の
船だなと感じるでしょうが、青ヶ島に住む人たちが郷土「青ヶ島」に対す
る愛着や誇りを込めて名付けた名称なのです。

 青ヶ島の歴史は、噴火と復興の歴史といえますが、中でも青ヶ島史上特
筆すべき大噴火が天明5(1785)年に発生しました。この大噴火は13
0人余の犠牲者を出し、生き残った200人ほどの人々も全員が八丈島に
避難しなければならないほどの惨状を引き起こしました。しかし、当時は
歴史の授業でも触れられているように日本中が天明の大飢饉で苦しんでい
た時期であり、八丈島もまた不作続きで食糧に困っていた時期にあたりま
す。そのような中での避難でしたから青ヶ島の人々は、八丈島でも心身共
に耐え難い苦しみを味わったと言います。

 天明5(1785)年に全島避難を行う以前の青ヶ島は、他の島が飢饉に
襲われた時にも水に恵まれた、飢えることのない豊かな島であったそうで
す。飢饉に苦しむ八丈島で、島人達は30年間ずっと豊かな青ヶ島への望
郷の念を抱き続けたといいます。そんな島人の先頭に立ち、ついに文政7
(1824)年青ヶ島への全島民帰還を果たしたのが柳田国男によって「青
ヶ島のモーゼ」と讃えられた名主の佐々木次郎太夫でした。彼はその後も
島人の先頭に立ち青ヶ島の復興に努め、青ヶ島は天保6(1835)年には
検地が行われ正規の年貢が納められるまで再興されました。天明の大噴火
から実に50年の歳月をかけ、名実共に「還住」の夢を実現した訳です。

 現在も、青ヶ島の人々は、この歴史に誇りを感じるとともに、50年か
けても必ず戻りたい麗しい島との思いを込めて青ヶ島を「還住の島」と呼
んでいます。現在、島の子供達は義務教育を終えると島外(ほとんどが内
地)の高等学校へと進学していきます。そんな子供達の心を支えているの
が「還住の島」の誇りと、その誇りの基となった豊かな自然や温かい人情
です。青ヶ島小中学校は、やがて島を後にしていく子供達が「還住の島」
青ヶ島の島人として誇りを胸に、先祖が果たした偉業に習い、遥か黒潮の
先の新天地に雄々しく船出できるよう、共に「自立」を教育目標に掲げ教
育を行っております。そんな青ヶ島小中学校の様子を是非ご覧ください。

青ヶ島村立青ヶ島小中学校     校長  杉 山 佳 男
「還住の島」の誇りを大切にして

みなさん、青ヶ島ってご存知ですか?東京都青ヶ島村です。
島の紹介をしようと思ったのですが、青ヶ島村立小中学校のホームページに
校長の杉山さんが分かりやすく文章を載せていますので、その文章を拝借し
て、ご紹介します。

青ヶ島村立小中学校のホームページ

杉山先生、ありがとうございました。
青ヶ島のミニ知識を入れたところで、出発!

2004年10月15日。
ここは、羽田空港の出発ロビーです。
青ヶ島公演に出かけるのですが、まづは八丈島に向かいます。
今回の作品は二人芝居の「未確認ともだち物体」です。
今日は、八丈島泊まりで明日の早朝ヘリコプターで青ヶ島に渡ることになります。
それぞれの島に一泊ずつの二泊三日ですが、中身の濃い旅になりそうです。
さあ、あの人の待つ八丈島へ・・・。
そして、青ヶ島へ・・・!!!

っと云うわけで、八丈島へ着きました。
八丈空港前でのショット。
バックは八丈富士。
そうそう、待っていてくれました。
この二泊三日を無事過ごせるよう、教育庁八丈出張所の小野亜紀さんが同行してくれます。

「よろしくお願いしま〜す。」

「お腹すいた〜っ!」

っと云うわけで、小野さんの案内でちょっと洒落たレストラン。
海を見ながらパスタランチをいただいています。
「おいしい!!」
さあ、お腹が満足したら、午後は島内見学。


八丈島はひょっこりひょうたん島のように、ひょうたん型なのです。北側に八丈富士、南側に三原山を望み、真ん中の窪んだ所に飛行場があります。その辺りが島の中心地です。

ここは千畳岩海岸といって八丈富士が噴火した際に溶岩流が流れ出し海に張り出し固まった場所です。
背景の島は、八丈小島です。
今は、人は住んでいませんが、昭和44年の全島民離島までは、生活がありました。
そのとき置いてきた山羊たちが、野生化して今では繁殖しすぎて困っているようです。

↑なんか、いい感じでしょ。私だけ!?

←八丈富士。あとで行きますが、中腹には牧場が広がっています。

石垣に注目。
玉石垣といって、本当にきれいな丸い石が六法積みという様式で積まれています。
(一つの石のまわりに六つの石があるように積む)

↑名古の展望台。この先に青ヶ島があります。

←これは、山の上にある小学校の、海に隣接したプールです。夏は海水プールでこども達は楽しみます。でも、すぐ目の前が海で、ザブンとくるとバシャンとなります。

黄八丈織り。
昔は、機を織る音が島中でしていたそうです。
島に自生する植物で染めたあげた艶のある丈夫な絹織物です。色は黄・樺・黒の三色。

まだまだ、色々なところをまわったのですが、そろそろ島内見学も終盤。
ここは、八丈富士の中腹、牧場が広がり突端に展望台があります。正面には三原山を望み眼下には空港の滑走路。左側には東海汽船が発着する底土港。右側には青ヶ島へ向かう還住丸が発着する八重根漁港。

←小野さんの飼っている牛、モカちゃんです。

さあ、夕方到着する都庁の生活文化局文化振興部事業推進課舞台芸術係の有泉さんを迎えに空港へ行かなくては・・・。有泉さん無事到着。さあ、全員車に乗って最後のスポットへ!!!

八丈小島をバックにこんなことをしてみました。島を持っているように見えたらご喝采。
秒単位で変化していく空に、全員言葉を失っていました。
このとき気づいたのですが、私のデジカメも失っていました。ひぇ〜どうしよう!

10月16日、小雨。

さあ、青ヶ島へ向けて出発です。
今回の公演を決めてくれた、教育委員会の飯島教育長。「もうす着きますよ〜!」
このヘリコプターに乗り込むのは、CAN青芸の千島、浅野、新妻、八丈の小野さん都庁の有泉さんです。

八丈島から青ヶ島まで68km。
パタパタパタパタとヘリコプターは小雨の中
海上を飛んで行きます。20分程で到着。
飯島教育長、武田さんの出迎えを受け、早速、
学校へ行って会場作りです。

会場作りが終わりました。今日は何人ぐらい来てくれるかな。
宿に入って昼食をとり、午後から島内見学。

青ヶ島は、伊豆諸島の最南端。周囲約9kmの断崖絶壁の小さな島です。

外輪山と内輪山からなり、標高423m。
島の中央には、珍しい植物が自生し、あたかも「ジェラシックパーク」に迷い込んだかのようです。
内輪山では、まだ、いたるところで蒸気が噴出し、それを利用した施設「地熱サウナ風呂」があります。(写真下)
青ヶ島と八丈島を結ぶ定期船還住丸が接岸する三宝港。(写真左)

宿へ戻って、夕食をとり、いよいよ本番です。

※地熱サウナの敷地内には地熱釜というのがあり、そこに、卵やじゃが芋・里芋など入れて蓋をして蒸気の栓をあけ、ちょっとひとっ風呂浴びていると、良い具合に温泉たまごやホクホクのふかし芋ができあがります。
これに「ひんぎゃの塩」をつけて食べると最高。「ごちそうさまでした!」

来ました来ました。子ども達とお父さんお母さん。おじいちゃんおばあさん。村長さんもいます。70〜80人来てくれたかな〜。
それでは「未確認ともだち物体」の始まり始まり。

「あっ!」という間の1時間でした。
この時のために、青ヶ島の飯島さん、武田さん、八丈島の小野さん、東京都の有泉さん。ありがとうございました。
私たちにとっては、心に残る公演でした。

さあ、青ヶ島の長い一日が終わろうとしています。
「ちょっと待った!まだ終わらないぜ!!

「乾杯!!!」
←映像がぶれているところに勢いが感じられます。「乾杯!お疲れ様でした!!」

(←写真左側奥から)小中学校長の杉山さん、小学校教頭の高橋さん、中学校教頭の新藤さん、教育委員会の武田さん、飯島さん。ありがとうございました。

ここは、島で唯一(?)の居酒屋です。
外観は普通の民家。「開けてびっくり玉手箱」といった感じかな。やはり、青ヶ島にきたら「青酎」でしょ!島で取れたサツマイモで作るのですが、これが、個性的!しかし、最近では、島民でも、予約をして入荷待ちとか!?
「青酎」生産者の皆さん
品質を変えることなく頑張ってください。

さあ、夜も更けてまいりました。
宴酣ではございますが、そろそろお開き。
青ヶ島到着より16時間経過。
また、お会いすることを約束して、宿に
戻りました。

10月17日、晴れ風強し。

←青ヶ島のヘリポートの事務所兼待合室。
電話で気象情報、ヘリコプターの運行情報などをチェック。
風がちょっと強いけど、予定通り。
↓ヘリポート

さあさあ、昨日は楽しかったね。
みんなで記念写真撮りましょう。
青ヶ島滞在時間24時間目。

風に前後左右揺れながら無事到着。

名残惜しくて、何度も何度も記念撮影。
「それでは、戻ります。また来るからね〜っ!
5人は、青ヶ島をあとにパタパタパタパタと
飛んでいってしまいました。パタパタパタパタ・・・

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パタパタパタと八丈空港へ到着。午前9時。
羽田行きの飛行機は11時50発。
空港レストランでちょっとお茶しましょ。
しかし、私のデジカメ、あの牧場に忘れてきちゃったのかな。
小野さんが、ちょっと待ってて、と駐車場へ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!???
「あったよ、車の座席に落ちてたよ。」と私のデジカメを発見してくれました。「よかった〜!」

「それでは、記念にパチリッ!」
「よかった〜!」
ということで、このほとんどの写真が小野さん撮影です。そして、飯島さんも写真提供ありがとうございました。

平成16年度東京都巡回児童演劇青ヶ島公演 終了

*** また、みなさんに会えることを願って!***

有泉さん、お疲れ様でした。